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鷺目越 2015/1/25

先日、朝日寺への道を探して歩き、古道らしき道を見つけて歩いた。
その後、あれこれ調べてみる中で「出雲の山々とその周辺の山(改訂版)」(島根県勤労者山岳連盟 2011/4/1発行)という本の中から一文を見つけた。

~しばらく溝状の道で、間もなく狭い平地に着く。古浦から湖北の村々へ魚を売りに行く人々が通った道(鷺目越)の峠である。南に降りている道は成相寺に出て湖岸の村々や佐太神社へ抜けるコースである。」(同書p59より)

どうやら私が歩いた道のことのようだ。


鷺目越の古道1
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鷺目越の古道2
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鷺目越の古道3
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溝のようになった箇所、尾根の稜線歩きの箇所などを魚を入れた箱やかごを背負ってこの道を歩いて魚売りに出かけたのだろう。
そういえば、私の幼い頃は魚売りのおばさんの姿は日常の風景だった。我が家にも来られていた。私の頃はもうバスを利用されていたのだろうが、昭和初年までは多分この道が使われていたのだろう。
(ただし、そのおばさんたちが恵曇や古浦の方だったかは分からない。違う漁村から来られていたのかも知れない。)

渓谷・沢沿いの道は先日迷い込んだ道のように、水や雪の災害があるとすぐに荒れてしまう。山の上、尾根筋の道はそれに比べて強い。かつての道は低地や谷間ではなく、出来るだけ微高地や尾根筋に拓かれたというのは納得がいく。


鷺目峠
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先日のブログにも載せた写真だが、改めて見ると感慨深い。
その昔は、左の古浦方面から重い荷を担いで登った人(主に女性?)が、ここでひと休みしてから、右に下り松江市街地や湖北方面へ魚の行商に向かったのだろう。
そんな想像をしてみると、ふるさとの歴史(というほど大げさなものでなく昔の人々の営みの一端)を垣間みた気がした。

 地元の子どもたちの郷土学習の材料になるのでは?
 古浦の駐車場から峠までオヤジの足で30分余り。子どもでも1時間以内?
 どこかの学校の先生、試してみられたらどうでしょう。



峠のお地蔵さん
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上の写真の右隅にみえるお地蔵さん。コンクリートで補修してある。年代物だろうか。かつて峠を行き交った人々を静かに見守って来たのだろう。
(またまた合掌)
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